
山形県長井市。最上川の支流が流れるこの地で、作業小屋に巣を作るツバメを眺めながら、「人間が近くにいる方が、カラスに卵を狙われないって分かってるんでしょうね」と笑うのは、伊東啓人さんです。
長井の夏の食卓に欠かせない「丸なす」。
一度は東京へ出た伊東さんが、なぜ故郷に戻り、1,100本もの苗を育てる農家になったのか。
そこには、家族の背中を見て感じた素直な思いと、美味しいものを作りたいという実直な姿勢がありました。
東京から故郷・長井へ。祖父母の姿を見て決めた「継承」の道

長井で生まれ育った伊東さんは、高校卒業後に上京し、叔父のもとで大工として働いていました。
転機が訪れたのは20歳の時。怪我をして帰郷した際、高齢になっても懸命に畑を続ける祖父母の姿を目の当たりにします。
「じいちゃんたちが大変そうだったんで、手伝おうかなって」。そんな思いから始まった挑戦は、今年で5年目を迎えました。

現在は、昨年結婚した奥様も加わり、祖父母や地域のパートさんと共に、総勢6名ほどで賑やかに土と向き合っています。
あえて「難しい道」を選ぶ。美味しさを追求した「自根(じこん)」栽培

伊東さんの丸なす作りには、譲れないこだわりがあります。
それは、病気に強い別の植物を土台にする「接ぎ木(つぎき)」ではなく、なす本来の根で育てる「自根(じこん)」という方法です。

「苗を買えば楽なんですけど、うちは種から育てた自分の根っこだけで育てる『自根』でやっています。病気には弱いけれど、その分、味や硬さはなす本来のものが出るんです」

2月末に種をまき、電熱マットで温度を管理しながら苗を育て、5月中旬に1,100本もの苗を数日かけて一つひとつ手作業で植え付けていきます。
さらに、切り口から病気が入らないよう、剪定は必ず晴れた日に行うなど、細かな管理を積み重ねています。
効率よりも、おいしさを優先する。その姿勢が、伊東さんの丸なすづくりを支えています。
「朝採り」こそが、丸なすの命

丸なすの品質を決めるのは、鮮度と「色」です。伊東さんは、日が昇る前の早朝4時から収穫を始めます。
「日中に収穫すると、なすの艶がなくなってしまう。朝採りだからこそ、この綺麗な色が保てるんです」。

収穫しながら木の状態や肥料の効き具合まで細かく確認し、一年で最も需要が高まるお盆に向けて、一つひとつ丁寧に品質を整えていきます。
その丁寧な手仕事が、地元のファンから「伊東さんの名前を見て買うよ」と言われる信頼に繋がっているのではないでしょうか。
これからも、長井の丸なすを届けるために

「丸なすだけで何千本も作っている若手は珍しいかもしれませんが、だからこそやりがいがあります。地元の人たちが自分の名前を見て買ってくれるのが何より嬉しいです」
川の近くに畑を構え、豊かな水を与えながら大切に育てられた伊東さんの丸なす。
長井の風土と若き情熱が育んだ、パリッと心地よい歯ごたえと深みのある味わいを、ぜひご堪能ください。
レシピ

家族の味を受け継ぐ「伊東家のなす漬け」
長井市において、丸なすといえば「なす漬け」です。伊東さんのご家庭でも、おばあちゃんが作る秘伝のレシピが守られています。
そんな伊東家のなす漬けレシピを紹介します。

伊東家の黄金比: 水2Lに対し、塩150g、砂糖250g、茄子の助っ人
さらに、隠し味として「ナンバン(唐辛子)」を入れるのが伊東家流です。

ご家庭でもぜひ、長井ならではの夏の味をお楽しみください。
