長井の風土に、一粒の魂を込めて。40年以上、ぶどうと向き合い続ける鈴木秀明さんの物語

山形県長井市。豊かな自然に囲まれたこの地で、40年以上にわたりぶどう栽培を続けてきた鈴木秀明さん(73歳)。
高校卒業後にぶどう栽培の道を歩み始め、人生の大半をぶどうとともに歩んできました。

お父様の代までは葉タバコと稲作を営んでいましたが、赤湯園芸高校(現:南陽高等学校)で学んだぶどう栽培を一生の仕事に選ぶべく、家族を説得してその道を切り拓きました。

現在は4か所の園地を構え、シャインマスカットを中心に多品種を育てる鈴木さんに、その栽培哲学と、自然と対峙する日々について伺いました。

目次

家族を説得して選んだ、ぶどうへの道

赤湯園芸高校(現:南陽高等学校)を卒業した鈴木さんは、家業だった葉タバコと稲作ではなく、高校で学んだぶどう栽培を一生の仕事にしたいと決心します。

ちょうどこの頃、減反政策が始まり稲作を取り巻く環境も変わり始めていました。 

「じいちゃんと親父を説得して、ぶどうを始めたんだ」

高校で学んだぶどう栽培を一生の仕事にしたい。
その強い想いが家族を動かし、今につながるぶどう農園の第一歩となりました。

かつて祖父がデラウェアを少し栽培していたものの、大雪でハウスが潰れてしまったという苦い経験があった鈴木家。
それでも、自らの手で美味しいぶどうを作りたいという若き日の秀明さんの熱意が、現在の園地の礎となりました。

品種とともに歩んだ四十年、そして先駆者の「短梢栽培」

就農した当時、主流だった品種はデラウェア。そこから巨峰、ピオーネ、高尾といった大粒の黒ぶどうのブームがやってきて、続いて安芸クイーンが人気を集めました。

そして平成19年、シャインマスカットの苗木が普及し始めます。

当時はまだ品種登録されたばかり、苗木も非常に貴重でした。
そのときは5本しか手に入らなかったといいます。

貴重な5本の苗木を手に入れ、そこから導入したのが「短梢(たんしょう)栽培」という手法です。

枝を短く剪定し、作業効率と品質の安定を両立させるこの栽培方法は、それまで主流だったデラウェアの育て方とは大きく異なるもの。

鈴木さんの園地を訪れると、見事に整列したシャインマスカットの房が規則正しく並ぶ、芸術的な光景に目を奪われます。

これは、新しい栽培方法をいち早く取り入れ、この地で磨き続けてきた鈴木さんの技術の賜物です。

シャインマスカットのブームも、今では少し落ち着き、代わって「マイハート」という品種が注目を集めているといいます。
鈴木さんは40年以上にわたり、その時々の時代の主役を見極めながら、園地に新しい風を取り込み続けてきました。

一房に心を込める「適粒」という手仕事

鈴木さんのぶどう作りにおいて、最も重要で、最も神経を使う作業。それが袋をかける前に行う「適粒(てきりゅう)」です。
一房あたり40〜50粒に収まるよう、一粒一粒の形を見極めながら間引いていきます。

「適粒することで、房の中に光が入るんだ。病気や傷のある粒を落とせば見栄えも良くなるし、粒の数を減らせば粒の張りも良くなる。どの粒を取り除くかは、経験がいるんだよ」

効率を求めるのではなく、最高の一房を届けるため、長年ともに歩んできた奥様と、今も変わらず手作業でぶどうに命を吹き込んでいます。

まだ青さの残る房を前に、

「これから1ヶ月くらいかけて色づいていくんだ。化粧するから、ちょっと待ってね」

鈴木さんはこう笑います。

自然の厳しさを、美味しさの糧に変えて

ぶどう栽培は、常に自然との対峙です。

ビニールハウスは雪の重みで潰れないよう、11月頃には自らの手で取り外し、積雪が多い年には雪下ろしも行います。

温度管理を徹底しているデラウェアは、例年7月23日頃から収穫が始まります。
一方、高尾は今年、霜の被害に遭い、収穫量が見込めない状況となりました。

露地栽培をしている園地では、かつて600羽ものカラスに一斉に襲われたこともあったといいます。
畑に着くと、ぶどうの房が大量に地面に落ちていました。その光景は、今も忘れられません。
大きな鳥の模型を置く対策も試しましたが、風がなければ動かず、効果はありませんでした。今は畑の上に糸を張ることで、被害を防いでいます。

「ぶどうも生き物だから、毎日が勉強」

その謙虚な姿勢が、天候と向き合いながら育てるぶどうの、確かな品質を支えています。 

木を育てるように、人を育てるように

最後に加わった園地も、現在の姿になるまで20年の歳月をかけてきたという鈴木さん。
一本のぶどうの木も、同じように時間をかけて育っていきます。

土台となる土づくりにも妥協はありません。
「病気に負けない土をつくること」を第一に、適正な量の肥料と水やりを日々見極めながら管理しています。

植えてから収穫ができるようになるのは3年目から。
けれど、鈴木さんが「美味しい」と感じられる品質に育つのは、6〜7年目からなのだそうです。

「ちょうど、中学生くらいの感じかな」

そう例える鈴木さんの言葉には、ぶどうを我が子のように見守ってきた歳月がにじみ出ています。

収穫できる木の寿命はおよそ25年。
時期が来れば植え替え、また一からその木を育てていく。この繰り返しの先に、今の園地の景色があります。

美味しいシャインマスカットを届けるために

「本当のシャインマスカットは、お尻が少しへこんでいるんだ。それが受精のタイミングが良かった証拠。お店に並んでいる時が、一番の完成形だよ」

鈴木さんが教えてくれます。

伊佐沢の豊かな土と、40年以上の歳月が育んだ職人の技。

一粒食べれば、口いっぱいに広がる香りと弾けるような甘みの中に、鈴木さんのひたむきな想いを感じることができるはずです。

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