
山形県長井市で、代々農業を営んできた遠藤さん。
現在、農業を担っているのは8代目の遠藤孝太郎さんと、9代目となる息子の孝志さんです。
特別栽培米や有機JAS認証米の栽培に長年取り組みながら、山形県生まれの希少な品種「さわのはな」の種を守り続けてきた孝太郎さん。
その背中を見て育ち、農業の道へ進んだ孝志さん。
二人が大切にしているのは、ただ米を作り続けることだけではありません。
「昔からあるものを、どう次の世代に残していくか」。
そしてもうひとつ。
「自分たち自身が、農業を楽しむこと」。
そこには、品種を守ること、食べる人と向き合うこと、そして農業そのものを「面白い」と思える仕事にしていくことへの、二人それぞれの想いがありました。
「量を取る」よりも、「おいしく、安心できる米」を

遠藤さんの田んぼでは、米の収量を増やすことだけを目標にはしていません。
長井市は米作りに適した土地で、一般的には10アールあたり600kg以上の収量が見込まれる地域。
それに対して遠藤さんが特別栽培米で目標としているのは、約540kgです。
収量を抑えてでも大切にしているのが、米の「食味」と「健全さ」。
田んぼ全体で特別栽培に取り組み、その一部では有機JAS認証も取得しています。
その取り組みは、もう30年以上にわたります。

「規模を大きくするよりも、安心、安全なお米を、良い食味で届けることを優先してきた」
そう話す孝太郎さん。
その背景には、長年にわたって続けてきた「お客さんに直接お米を届ける」というスタイルがあります。
業者を通して出荷するのではなく、直接お客さんに届ける。
だからこそ、「おいしい」「今年は少し違う」といった声が、作り手のもとへそのまま返ってきます。
お客さんの声が、米作りを変えてきた

孝太郎さんが農業を続ける中で、忘れられない経験があります。
かつて、収量をもう少し増やせないかと考え、肥料を多く入れたことがありました。
ところが、その年の天候との相性も重なり、米の食味が大きく落ちてしまいます。
全国の米コンテストで何度も入賞し、自信を持っていた中での出来事でした。
結果、お客さんからは多くの声が届きました。
その経験から、「無理のない作り方をしなければいけない」と実感したといいます。
「手を抜けば、その分お米に出てしまう。手をかければ、かけた分だけ応えてくれる」
現在の栽培方法の根底には、そんな経験があります。
そして9代目の孝志さんも、就農してから同じことを感じるようになりました。
「今年のお米、ちょっと変わりましたね」
「少し色が違うんじゃないですか」
直接お客さんへ届けているからこそ、そんな声がすぐに返ってきます。
それはプレッシャーであると同時に、自分たちの仕事を確かめる大切な機会にもなっているそうです。
幻の米「さわのはな」を、絶やさないために

遠藤さんが長年守り続けている品種のひとつが「さわのはな」。
山形県生まれの品種でありながら、栽培の難しさや見た目などから市場競争に敗れ、平成9年には奨励品種から外れることになりました。
奨励品種から外れるということは、流通する種もなくなっていくということ。
そこで、試験場から「さわのはなの種を残してほしい」と託されたのが孝太郎さんでした。
以来、毎年種を採り、選びながら、次の年へとつないできました。
「1本植え」という方法で、1粒の種から1本の苗を育て、系統ごとに変化を確認する。
手間のかかる作業ですが、そうやって品種の特性を守ってきたのです。

現在では「さわのはな」の種を譲り受け、栽培する農家も30軒ほどあるといいます。
「一度なくなってしまったら、同じものは二度と出てこない」
孝太郎さんが守り続けてきたのは、ひとつの米の品種だけではありません。
その土地で生まれ、長い年月をかけて受け継がれてきた「農業の遺伝資源」そのものなのです。
「残す」だけではなく、今の時代に合わせて伝えていく

孝志さんも、孝太郎さんから受け継いだ「残す」という考えを大切にしています。
一方で、ただ昔のものをそのまま残すだけでは、次の世代につながらないとも考えています。
「せっかく今まであったものが、一気になくなるんじゃなくて、そういうものも残していきつつ、昔ながらの味があったということも伝えていきたい」
そのために、新しい技術も積極的に取り入れています。
ドローンなどの機器を活用しながら、地域の若い農家ともつながり、農業の可能性を広げています。
父・孝太郎さんの世代が大切にしてきたものを受け継ぎながら、自分たちのやり方へと少しずつ変えていく。
それが、9代目としての孝志さんの農業です。
郵便局員から農家へ。決め手になった「父の背中」

孝志さんは、就農する前の10年間、郵便局員として働いていました。
子どもの頃から農作業を手伝ってはいましたが、両親から「農業を継げ」と言われたことはありません。
それでも、孝志さんの中には、いつか農業をするのだろうという思いがありました。
理由は、父親が楽しそうに農業をしていたから。
「疲れた、苦労ばかりだ、農業なんてやるもんじゃない」
そんな言葉を聞かされて育っていたら、農業を継ぎたいとは思わなかったかもしれない。
孝太郎さんは新しいことに挑戦し、いろいろな人と出会いながら、農業の世界を広げていました。
そんな父の背中を見て、孝志さんは自然と「いつかは自分もやるんだろうな」と思うようになったといいます。
そして就農を決めるきっかけとなったのが、ある農家から言われた言葉でした。
「土日に手伝っているだけなのは農家とは言わない。自分の作ったものに対して、自分で責任を持ってやって、初めて農家だ」
その言葉をきっかけに、自分自身で農業に向き合うことを決意。
さらに、普段は弱音を吐かない父親から「最近くたびっちゃ(疲れた) 、体力的にも厳しくなってきたな」という言葉を聞き、「今、自分がやらなければ」と考え、農業の道へ。
現在、就農12年目を迎えています。
「経験」が積み重なって、初めて自分の言葉になる

就農したばかりの頃、孝志さんは父親から聞いたことを、そのままお客さんに伝えていました。
ところが、なかなか思うように伝わらない。
「話している内容は同じなのに、言葉が薄っぺらい」
そう感じたといいます。
その理由は、自分自身の「経験」がまだ足りなかったから。
田んぼで苦労し、試行錯誤し、お客さんの反応を受けながら米を作る。
そうした経験を12年間積み重ねることで、少しずつ自分の言葉で農業を語れるようになってきました。

現在では、現場を孝志さんに任せているという孝太郎さん。
「10年を超えたあたりからは、もう安心して任せられますね」
8代目から9代目へ。
自分の経験を積み、自分なりの方法で農業と向き合う姿勢そのものが、次の世代へと渡されています。
受け継がれたのは、田んぼや技術だけではないのかもしれません。
「楽しそうにやる」ことが、次の人を呼び込む

農業は、決して楽な仕事ではありません。
それでも、やっている本人が楽しんでいる姿があれば、「なんか面白そうだな」と思ってくれる人がいる。
それは、孝志さん自身が、父・孝太郎さんの背中を見て感じてきたことでもあります。
新しいことに挑戦し、時には失敗しながらも、それすら面白がって前に進んできた8代目。
その姿を見て、「自分も農業をやってみたい」と思った9代目。
農業を「大変な仕事」として次の世代に渡すのではなく、「面白い仕事」として受け継いでいます。
お米をもっと楽しんでほしい

そんなお二人に、最後に「どんな人にお米を食べてもらいたいですか?」と聞きました。
返ってきたのは、「こだわりのある人に食べてほしい」という言葉ではなく、「お米を楽しんでほしい」という言葉でした。
「お米って、品種によってこんなに香りが違うんだ。こんなに食感が違うんだ、という発見を楽しんでもらいたい」
今は、もちもちとした粘りの強い「つや姫」や「コシヒカリ」が主流ですが、あっさりとした味わいを持つ「ササニシキ」や「さわのはな」にも、また違った魅力があります。
特に「さわのはな」は、炊き上がった瞬間に広がる香りが特徴。
「本当にお米を炊いたんだな」と感じるような、お米本来の力強い香りが広がります。
特別栽培や有機JAS認証、長年にわたって種を守り続けてきたこと。
そうした背景を知って味わうことも、このお米の楽しみ方のひとつです。
難しく考えずに、いつもの食卓で、いつものお米と食べ比べてみる。
「こっちはあっさりしているな」
「こっちは香りが違う」
「この品種、好きかも」
そんな小さな発見を、純粋に楽しんでほしい。
農業をする人が楽しみ、そこに仲間が集まり、そして、その先にいる食べる人にも楽しんでもらう。
遠藤さん親子が大切にしてきたのは、そんな「楽しさ」が次の誰かへつながっていく農業なのかもしれません。
8代目から9代目へ、そしてその先へ。
守るべきものは守りながら、新しいことにも挑戦する。
長井の田んぼから生まれた一杯を、ぜひご家庭で味わいながら、お米の奥深さを楽しんでみてください。
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